title:good reason
material:木 × アルミ着彩
2003.10.10
体内に流れる血脈と体外で流れる歴史との間で、悠々と流され、生活している私がいる。時々変化が欲しくなる。良くも悪くもニュースメディアの中で大きな面白い事件を欲求している。少し敏感になって、歴史の流れを考えたとき、その大きな事件の後先には様々な大義名分がつけられ、処理され、また処理されようとしていることに気づく。ある意味を持つ強く美しい言葉や文字は人を信用させ、行動させ、そして人の命までも破壊する力を持つ。「大量破壊兵器保有」というgood reasonによる米英のイラク攻撃、「国際貢献」というgood reasonによる イラクへの自衛隊(Japanese army)派遣、アメリカは「正義と自由と寛容」を大義に掲げ、肥大化し続けている。イラク攻撃は終わったが、バグダッドでは治安が悪化し、自己防衛のために一般市民が銃を持たざるを得なくなった。皮肉にもアメリカにより銃を持つ自由が与えられたのである。 一方、日本国民の歴史の中では、あの神風特攻隊員たちは「悠久の大義に生きる」という言葉で抽象化され、「人間としての連帯観の昇華が、自己犠牲の精神によって勇敢に発揮されたのである」というように括られ、隊員たちも「撃沈」、「轟沈」、「爆沈」、「撃滅」などの勇ましい文字に大義の殻を作り、その中に乗り込んでいった。そう私には思えるのである。不安と恐怖から逃れるために、己を鼓舞し、包んでくれる殻が必要だったように感じるのである。日本軍は絶対に降伏せずという強い意志を背景に、政府は一億総攻撃によって「名誉ある和平」という大義の大きな殻を用意していたのである。連合軍はこの壮絶な体当たり攻撃で恐怖のどん底に陥ったことは事実であり、この結果「これ以上の人間殺戮は避けねばならぬ。速やかに日本に戦争をやめさすべきだ」というgood reasonが固まり、ついに原子爆弾投下にふみきったといわれている。たとえ、他の思惑があったにせよ、トルーマン大統領に決断させた直接の原因はこの日本の若者達の自己犠牲の体当たりだったのである。もしこの特攻攻撃がなかったら連合軍の日本上陸は進められ、今の日本は存在しなかったであろう、ともいわれている。 戦争とは美しい大義名分の基でとんでもないことが行われることである。この作品を制作するにあたって考えたのはそんな大義名分に乗り込んだ少年兵達の抜け殻(=言葉の枯れ葉)をつくることであった。100機の抜け殻をつくった訳は、特攻とは「百死零生」の体当たり攻撃である。という四文字からである。